植物の香りとガーデンセラピー

日本ガーデンセラピー協会

ガーデンセラピーのかたち

コロナ禍や働き方改革により、ガーデンセラピーの効果は改めて見直されている。
日本ガーデンセラピー協会の理事が、それぞれの分野から見たガーデンセラピーを執筆する。

vol.01
植物の香りとガーデンセラピー

川人 紫

日本ガーデンセラピー協会理事。1994年に川人貿易事務所を設立。アロマセラピー用精油の輸入卸を開始する。現在はアロマ商品や化粧品の生産・販売をする桜サイエンスビューティー(株)代表取締役であり、熊本大学大学院客員教授を務める。富士産業(株)製アロマデマスクの香り開発も担当する。

私は1997年に設立した日本アロマセラピー学会の初代事務局長に任命されたことをきっかけに、医師、看護師薬剤師、鍼灸師ら医療従事者の先生方と出会い、以来アロマセラピーを医療分野に導入する活動を続けてきました。

アロマセラピーは芳香療法と訳される、植物の香りで心身の不調を改善する補完代替医療の一つです。補完代替医療とは、現代西洋医学を相補う、またはそれに取って代わる医療を指します。日本アロマセラピー学会が設立されてから、アロマセラピーの症例報告や基礎研究が多くの研究者によって蓄積されていきました。

ここでは、これまで公表されてきた植物の香りの効用が私たちのヘルスケアや医療分野でどのような役割を果たしてきたのか、最近のトピックスを交えて述べたいと思います。

感染症と植物の香り

人類はこれまで感染症との闘いを繰り返して来ました。ワクチンや医薬品がなかった時代、人々は植物の力で感染症を克服しようと試みました。事実、植物は、自らの生命を脅かすウイルスや害虫から身を守る為の有効成分を有しており、先人たちはそれを経験的に知っていたのでしょう。

1630年代欧州でペストが流行した際、南フランスの4人の泥棒が感染することなく泥棒行為を繰り返していたそうです。それは彼らがセージ、タイム、ラベンダー、ローズマリーといった抗菌抗ウイルス効果のあるハーブをビネガーに入れたものを飲んだり体に塗ったりして、感染から身を守っていたからだと言われています。

また、兵庫県芦屋市で「芦屋こころとからだのクリニック」を開業する春田博之医師は、新型コロナウイルス感染症を発症し嗅覚障害を訴える患者にゼラニウムの芳香浴を指導したところ、3日で嗅覚障害が完治したことを報告しています。これは、ゼラニウムに含まれるゲラニオールやシトロネロールといった芳香成分が、嗅覚障害に効果的であるからと推測されます。

ゼラニウム
ゼラニウム
ラベンダー
ラベンダー

メンタルヘルスと植物の香り

感染症と同様、メンタルヘルスも現代社会において真剣に向き合わなくてはならない領域の一つでしょう。

アロマセラピー用エッセンシャルオイルで最も人気があるのはラベンダーです。ラベンダーはフランス原産のシソ科の植物で、主な芳香成分は酢酸リナリルやリナロールです。ストレスが過剰にかかると自律神経が乱れ、結果として不眠などを引き起こすのですが、ラベンダーは自律神経系に作用し、特に副交感神経を優位にしてリラクゼーション効果を促す効果が実証されています。寝つきが悪い、またはストレスでイライラしがちだという方は、ディフューザーを使ったラベンダーの芳香浴や、入浴(エッセンシャルオイルを2〜3滴浴槽に落として入浴)をおすすめします。

また、子どものメンタルヘルスにも植物の香りは力を発揮してくれます。

2001年、大阪教育大学附属池田小学校で児童8人が刺殺、児童および教員15人が重軽症を負った無差別殺傷事件が発生しました。その1週間後、私はPTAと先生方の依頼でエッセンシャルオイルを持参して池田小学校へ行きました。事件後、日が経っていなかったため、校舎の玄関や下駄箱に残された血痕が事件の凄惨さを物語っていました。

池田小学校にお届けしたのは、スイートオレンジのエッセンシャルオイルと、コンセントに差し込んで香りを芳香させるタイプのフットライトディフューザーです。これまでにスイートオレンジがパニック障害の発作緩和に有効であり、また保育園児のお昼寝の際、入眠までの時間が短縮された、といった報告が発表されていたため、この香りを選択しました。

半年以上たって、池田小学校の先生よりお電話をいただきました。スイートオレンジの香りのおかげで血液の臭いがマスキングされ、児童のメンタルへの影響が低減されたようです。嗅覚は脳の記憶を司る部分と密接に関わっています。教室に残された血液の臭いを嗅ぐことで、事件の記憶がよみがえり、メンタルに悪影響をおよぼす事態をスイートオレンジの香りが防いでくれたというわけです。

写真提供 : 株式会社彩生舎

スイートオレンジ
スイートオレンジ
精油とアロマが楽しめるフットランプ
精油とアロマが楽しめるフットランプ

植物の香りとガーデンセラピー

植物の香りはウイルスから身を守り、また人々の傷ついた心と身体を健やかに保つ効果を持っています。これらの香りの原料である芳香植物(ハーブ)や果実を庭に植え、育てていけば私たちは植物が成長する段階から嗅覚刺激によるアロマセラピー効果を得ることができます。

通常アロマセラピーは植物を蒸留することで得られるエッセンシャルオイルを用いますが、庭でフレッシュな植物を見て、触れて、嗅いで、と五感で楽しめばより大きな相乗効果が得られるのではないかと考えます。

是非良い香りのする植物を庭で育てていただき、ガーデンセラピーの醍醐味を体感していただければと思います。

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