ガーデンセラピーが目指す未来

日本ガーデンセラピー協会

ガーデンセラピーのかたち

コロナ禍や働き方改革により、ガーデンセラピーの効果は改めて見直されている。
日本ガーデンセラピー協会の理事が、それぞれの分野から見たガーデンセラピーを執筆する。

vol.05
ガーデンセラピーが目指す未来

白砂 伸夫

神戸国際大学教授、倉敷芸術大学学長補佐、㈱アールフュージョン代表取締役。信州大学農学部卒業後、京都大学工学部建築学教室で増田友也教授に師事。自然と文化を融合させる独自の世界観で数多くの建築、ランドスケープ、ガーデンデザインを手掛ける。全国各地の花と緑のまちづくりにも積極的に関わっている。

花と緑が未来をつくる
都市に必要なのは、自然への回帰

地球温暖化による気候危機が進行し、巨大化した台風や集中豪雨が毎年のようにわれわれの生活を脅かしています。世界にも目を向けると、2022年にはバングラデシュの国土の1/3が水没、アメリカの西海岸で山火事が多発、ヨーロッパの熱波に、中国では干ばつや洪水が各地で繰り返されています。このような気候危機は今後ますます増大すると考えられ、人類の存続そのものにも赤信号が点滅しはじめています。

このような決して明るくない未来に対して、ガーデンセラピーの目指す未来のかたちは、自然あふれる豊かな生活の創造とともに、持続可能な世界を実現するために地球環境を自然の望む方向へと整えることにあります。いわば地球のセラピーもガーデンセラピーが担う大きな役割でもあります。気候危機を招くのは、人間の生活空間である都市そのものであり、都市は巨大なエネルギーを消費し温暖化ガスなどを放出し、地球環境を破壊する、地球生態系にとってはガン病巣のような存在です。これを癒やすためには、都市を緑で覆い、優しく生態系を回復させる「自然への回帰」が不可欠です。

日本文化から
持続可能な社会のヒントを

都市を人間だけが住む場ではなく、緑を増やし、さまざまな生物が生息する自然空間へと擬態させる。つまり野生を都市に取り込むことで、都市のレジリエンスも高められます。樹木を植え、花でまちを彩るガーデンセラピーの地道な活動は、人々のウェルビーイングとともに地球を救うことにもつながっていきます。ガーデンセラピーは地球生態系への理解を深めるための道筋であり、だれもが実践できる優れた思考であることも再確認したいと思います。

さて、地球の平均気温が約15℃、大気の二酸化炭素が21%という生物にとって快適な状態は、決して自然にできあがったものではありません。それは植物を中心とした生命体が、自らの生存に適した空間を何十億年という時間の中でつくり上げてきた結果です。したがって地球生態系をつくり上げてきた植物に注目することは、決して迂遠な道のりではなく、最前線の環境問題を解決することに直結します。

一粒の種は発芽し、緑の葉で空気を清浄にし、やがて美しい花が咲くと生き物たちはそれに呼応し集まってくるように、花は植物と動物のコミュニケーションツールであり、人間もその生物の一部です。ことに自然豊かな日本は、花を通して感性を磨き上げ、独自の文化を創造してきた長い歴史があります。このような根ざした日本文化に、気候危機を阻止しする大きなヒントがあるに違いありません。例えば19世紀の江戸は、世界最大の都市でありながら、エコロジカルで持続可能な社会を実現していたことはよく知られています。連続する白壁、まちを覆う甍の美しい波、武家屋敷は木々で埋められ、江戸の園芸と称されたように庶民の間で花づくりが盛んでした。当時日本に来た西洋人は、都市の美しさとともに、豊かな生活が根づいていたことも記述しています。江戸こそが、最も先端的な環境モデル都市であり、ガーデンセラピーは現代におけるその実践であるといえます。

地域の人々、小学校の生徒、神戸国際大学の学生、みんなでローズガーデンをつくりました
地域の人々、小学校の生徒、神戸国際大学の学生、みんなでローズガーデンをつくりました

地域住民で維持管理する
ローズガーデン

ここで私が地域住民の方々と実践した事例として、無農薬で維持管理する六甲アイランドCITYローズガーデンを紹介します。六甲アイランドCITYローズガーデンは、神戸市の沖合に浮かぶ人工島「六甲アイランド」のリバーモールの中心に位置しています。リバーモールは水と緑の織りなす歩行空間で、ローズガーデンの敷地はリバーモールの水路でした。阪神淡路大震災の後、水路の水が漏水し維持管理費がかかるため、市は一部の水路の埋め立てを決定。しかしまちの景観の骨格でもあるリバーモールの水路を、市の一存で廃止することに対して住民から異議申し立てがあり、住民と市が対立していました。私が六甲アイランドの景観計画を提案していたこともあり、いかに豊かなまちを創造できるかを住民と議論を重ねました。水路以上に景観的に美しく、住民に親しめるものとしてローズガーデンを市に提案しましたが、維持管理費がかかることを理由に否定的でした。そうならばと、住民の有志で維持管理を担うことで合意しました。こうしてローズガーデンが実現しました。

しかしバラは病害虫に弱く、プロでも維持管理が難しい植物。バラを栽培したことのないまったくの素人が、どのようにすれば無農薬でバラが栽培できるのか、アイデアを出し合い試行錯誤を繰り返しながら、無農薬でバラを美しく咲かせることに成功しました。2014年には「花のまちづくりコンクール」で国土交通大臣賞と兵庫県の「人サイズのまちづくり賞」の知事賞の二つを受賞し、その真価が評価されました。

またバラの咲くシーズンには、六甲アイランドの住民と神戸国際大学の白砂ゼミがバラ祭を共催。六甲アイランド外からも多くの来園者が訪れ、バラの癒やしが人々の心を豊かにし、コミュニテイを醸成しています。

このようにガーデンセラピーが根ざした地域が増えることが、潤いのある豊かな生活の実現につながっていきます。

リバーモールの水路とローズガーデン
リバーモールの水路とローズガーデン
ガーデンの幅は2m、その間にも散策路を設け、バラの中をくぐり抜けバラの癒やしが満喫できる
ガーデンの幅は2m、その間にも散策路を設け、バラの中をくぐり抜けバラの癒やしが満喫できる
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