500号記念対談
グリーン情報 創刊500号記念
グリーン情報は園芸業界に何を伝え、何を目指してきたか
グリーン情報500号 記念対談
グリーン情報は、1980年10月にタブロイド判の新聞として発行、後に雑誌となった。常に園芸業界と共に歩んできた本誌は、2022年11月号で500号を迎えた。
創刊から42年、グリーン情報は園芸業界に何を伝えようとしてきたのか。本誌の基盤を築いた神谷卓男元編集長と、山川正浩現編集長の思いを伝える。
(聞き手 グリーン情報ライター・高木靖司)
グリーン情報の創刊
──グリーン情報の創刊は42年前。当時を知るお二人に、創刊からこれまでのことを伺います。
- 山川
- 名古屋市に鶏卵肉情報センターという、1971年に私とほかの2人で立ち上げた畜産関係の業界誌出版社があって、その会社で新しくグリーンの部門をつくってみようと、1980年10月にタブロイド判の新聞『グリーン情報』を発行したのが始まりです。でも、最初はあまりぱっとしなかった。そこに2年後、神谷さんが来てくれた。
- 神谷
- 私は東京で別の畜産の出版社にいたんだけど、そこを辞めて、どうしようかなと考えていた30歳の頃に鶏卵肉情報センターに誘われて。ちょうどグリーン情報の前任者がいなくなって、「畜産じゃなくて、園芸をやってくれ」というから、じゃあやろうかと。元々、大学では植物のコースにいたから、園芸のほうが専門だったんだよね。
- 山川
- そう、私は畜産が専門で、園芸のことはよく知らなかった。
- 神谷
- その頃のグリーン情報は、始めたというだけで、まだビジネスになっていなかったよね。だから、私が一人で、ゼロから作り直さないといけなかった。最初はモノクロのタブロイド判2面だったのが、8年ぐらいかけて、カラー30ページぐらいのタブロイド判雑誌に持っていけたのかな?
- 山川
- 雑誌になったのは創刊から8年目だから、神谷さんがやるようになって6年ぐらい。ちょうどその頃、1988年8月に鶏卵肉情報センターから独立して、株式会社グリーン情報を設立した。その時に、雑誌にしたんだよ。
- 神谷
- そうか。あんまり覚えてないな(笑)。でも、会社を設立した後も雑誌づくりの実務は私がやって、山川さんは社長として中のことをやっていたよね。
全国の園芸店に応援されて
──創刊号のトップ記事は都市緑化の話題。そのモノクロのタブロイド紙が、30ページのカラーになったのは、園芸業界から情報が求められていたからですか?
- 神谷
- 創刊号は読んでないから、最初のコンセプトは分からない。本当にゼロからだった。だから、園芸業界の右も左もわからないし、最初は取材に行っても、「何だ、畜産の出版社か」みたいな感じで雰囲気はよくなかったね。それでもとにかくやっていた時に、園芸店の全国組織をつくろうという動きがあった。今はなくなってしまったけど、日本園芸商協会が1986年に設立されて、言葉は悪いけど、私がその動きに乗っかったと。
- その中で、日本園芸商協会初代会長になった神代尚華園の神代成治さんや、全国の園芸店の人たちと知り合いになっていった。そうすると、みなさん、グリーン情報という新聞を応援してくれるんだよね。そういう人たちがいたことで、グリーン情報という新聞は自然と園芸店向けの内容にシフトしていった。園芸店と、それから園芸店に供給する生産者、市場のための新聞になっていったわけだ。
- 山川
- そういう流れだったね。畜産の出版社が園芸の業界紙を出したんだから、最初は大変だったと思う。
- 神谷
- 会社を設立して雑誌になってからも、そんな感じで、しばらくは私が一人でつくっていたね。
- 山川
- いや、私もグリーン情報を設立して3年目ぐらいからは取材に行くようになったよ。
雑誌とツアー、セミナーで
- 神谷
- でも、役割分担というわけじゃないけど、雑誌は私がつくって、山川さんはイベントを担当することが多かったよね。そういうのが好きな人だから(笑)。当時やっていたのは、園芸店ツアーとか、セミナーとか。
- 山川
- 園芸店ツアーは30回ぐらい続いたのかな。園芸店の関係者がバスに乗って、全国の園芸店を回っていたね。同業者が見学に来るわけだから、嫌がられるかなとも思ったけど、みなさん協力的だった。40人乗りのバスが2台になったことも。
- 神谷
- その頃のグリーン情報は、雑誌とツアーの両立てで、園芸店の勉強会っていうか。そういうことに貢献したことも事実だと思う。貸し鉢と造園を少しだけやっていた会社が、ツアーに参加したことをきっかけに、一念発起して店を開いて、あっという間に売上げ10億円を超えて、今では全国屈指のガーデンセンターになっているわけだから。
- そんなふうに大きくなった園芸店、ガーデンセンターは挙げたらキリがないよね。私や山川さんが園芸店を知っているのは、そういうところで知り合ったことが一番大きいんじゃないかな。一泊二日で泊りがあるから、店を見てからバスの中で話をして、夜は宿で勉強会をして。そんなふうに、園芸店のみなさんが勉強していたんだよね。
- 山川
- 園芸店経営のためのセミナーもいろいろやったね。新聞の頃から園芸店経営の連載記事はあったけど、特に人気があったのはグリーン総研の田住治之さんの連載とセミナーだった。
- 神谷
- 船井総研にいた田住さんが園芸店の経営指導を始めるというから、じゃあ本をつくらないかと。タイトルは何だったっけ?
- 山川
- 最初の本は『園芸100の経営法則』、その次が連載記事をまとめた『ガーデンセンターのすべて』。当時の園芸店やガーデンセンターにとっては必読書になった。
- 神谷
- 最初の本は、大げさに言うと園芸店、ガーデンセンターの商売を体系化して、マニュアル化をしたわけだ。本を出して、それを元に、田住さんはコンサルタントのビジネスを拡大していった。グリーン情報も会社としてビジネスを広げていったということだよね。
- 山川
- そう。園芸店経営の記事や単行本は求められていた。私が一番記憶に残っている記事は、1994年の特集で小売店や卸業者、市場、生産者にお願いした「業界の賃金アンケート」。みんな、こんなことには答えないんじゃないかなというのは頭になかった(笑)。一般の賃金は統計で分かるけど、業界の賃金のデータはなかったから、それを知りたいと読者から要望があって、アンケートをしてみると、30社ぐらいが協力してくれた。
- 小売店だったら店長、会社だったら部長クラス、それから初任給はいくらかとか。この特集には大きな反響があった。その後で、「グリーン情報は何が飛び出してくるか分からないから読むのが怖い」という声ももらったかな。そういう普通だったらありえないような賃金アンケートにも協力してくれる人たちがいたことには今でも感謝しかない。
- 神谷さんもそうだっただろうけど、私も、読者が欲しいという情報を常に取り上げてきたと思っている。取材で歩き回って、読者のみなさんに会っていろいろと話をして、その中からヒントをもらって、特集や記事を考えてきたことはよかったんじゃないかな。
多彩な連載陣が活躍
──園芸店経営の田住さんだけでなく、グリーン情報には昔から多彩な分野の人が記事を書いてくれていますね。
- 神谷
- 本当にいろいろな人に連載を頼んだよ。ガーデンデザインの中山正範さんもそうだし、園芸療法の松尾英輔教授も。
- 山川
- そう。小売りだけでなく、園芸植物、庭や緑化に関わるいろいろな人たちがグリーン情報に協力してくれた。
1980~1990年初期の連載
- 神谷
- 私が連載の筆者で印象に残っているのは、松尾先生の単行本をつくったこと。当時も園芸療法をやっていた人はいたけれど、松尾先生は学者として体系化して、学問にしたんだよね。
- それを学んで、施設に行って園芸療法をやったという人もいるでしょう。本にして体系化すると信頼が出るから。新しいものに飛びついて園芸療法をやろうという話じゃない。今はどうか分からないけれど、グリーン情報の専門性の原点はそういうところにあると思う。
- 山川
- 私が印象深かったのは、アメリカの屋内緑化を視察するツアーに参加したことかな。それは記事にしたし、東京農大の近藤三雄教授や、当時はエコルにいた藤田茂さん、竹中工務店の今野英山さんによる『室内緑化デザイン』という単行本にもなった。そこから、本誌でも「都市緑化の方向」という連載も始まったね。
──店頭のPOPにも使える寄せ植えや、ハーブのレシピの連載もありました。
- 山川
- そうだね。やっぱり園芸店向けという基本があったから、経営者だけでなく、店頭の若いスタッフが参考になるような記事も載せてきました。
- 長良園芸の安藤正彦さんには、園芸店の視点で「生産者につくってほしい植物」を紹介してもらって、『使ってみたいガーデニングプランツ』という単行本にまとめることもできた。法政大学・小川孔輔教授の『ガーデニング流通』や、風土デザイン・上野博昭さんの『ペットガーデン』も、連載から単行本に発展したものだね。
- もちろん、都市緑化も近藤先生の監修で『都市緑化最前線』という単行本になった。
- 神谷
- 緑化の記事をやったのは山川さんだったね。私はそっちにはあまり行かなかった。
- 山川
- 神谷さんが松尾先生の単行本をつくった後に何度か園芸療法の特集をしながら、『日本における園芸療法の実際』という単行本もつくったんだよ。
- 松尾先生が園芸療法を体系化して現場はどう変化していったか。具体的な情報がなかったから、実践例を紹介しようと。その本も現場の人たちには好評で、私にとっては印象深い一冊になったな。
グリーン情報の単行本
──筆者による単行本のほかに、グリーン情報はイベントとの連動も積極的でした。特に、ガーデンを考える会主催の「ジャパンガーデニングフェア」は、1998年以降、誌面で大きく取り扱われました。
- 山川
- ジャパンガーデニングフェアは、1997年に開催された「エクステリア&ガーデンショー」を改称して、1998年から2006年まで開催した展示会で、2007年は「ジャパンガーデンショー」となって終了した。グリーン情報ではこの事務局を担当して、誌面でイベントを盛り上げてきたね。
- このフェアには、園芸資材だけでなく、植物生産者やエクステリアメーカーも多く参加した。業界を活性化するイベントだったと思う。セミナーでは、グリーン情報の連載や取材に協力してくれた人たちが講師を務めてくれた。ジャパンガーデニングフェアは、大手の種苗会社とエクステリアメーカーが一堂に会するという点で、当時としては画期的なイベントになったんじゃないかな。
周辺分野を知ってほしい
──でも、園芸小売店向けの雑誌で園芸療法や緑化、エクステリアの話題を取り上げると「自分には関係ない」という読者もいたのではないでしょうか?
- 神谷
- いや、園芸は元々、間口が広いんですよ。園芸店があって、切り花屋さんがあって、インドアグリーンがあって、造園屋さんもいる。草花の生産者がいれば、植木の生産者もいる。ほかにもいろいろあるでしょう? 業界は分かれているけど、一般のエンドユーザーから見れば、みんなひとつなんだよ。
- 山川
- 「グリーンインダストリー」という考え方があったんだよね。緑に関わる産業という考え方。そのグリーンインダストリーに関わる話題は、グリーン情報の中に入れていこうと私は思っていた。造園や都市緑化、園芸療法とか、要するに植物に関わるものはみんな取り上げていこうと。
- 私は、園芸店ツアーで園芸店の人たちの顔を知っていたし、会ったことがない人も、購読料の振込用紙で名前を知っていたから、何かで会ったときに話をして。そうすると、その人が何を望んでいるか、知りたがっているかが分かる。逆に、こちらから伝えたい話題も見えてくる。園芸店の人にも造園や緑化、園芸療法のことを知っておいてほしいなと。だから、園芸以外の周辺分野のことも重視してきた。
- 神谷
- もうひとつは、私は口が悪いから言ってしまうけど、昔の園芸店や切り花店は、テキ屋みたいなものだったんだよ。「いらっしゃい」と客を呼んで、バケツの中に金を集めて、「持ってけ」みたいな世界だった。そういう世界の中でグリーン情報がメシを食っていくのにはいつも不安が付きまとっていた。だから学術的な話や、科学的な話に寄りかかりたくなったことも事実かな。
- それから、園芸業界には『花卉園芸新聞』という新聞があって、市場と生産者をつなぐ記事を書いていた。今もあの新聞は事実関係をきちっと追った記事を書いていると思うんだけど、グリーン情報が同じことをやってもマーケットを奪い合うだけ。だから、グリーン情報という雑誌、会社を続けるためのコンテンツを考えた時に、園芸店と、園芸店に供給する生産者向けにしながら、園芸療法や緑化の話題も入れたということだよね。
- 誰に向けてどんな記事を読んでもらうか、確かに焦点は絞りにくかったけど、脇を振らないと。園芸の中には造園をやっている人もいるし、園芸店に見えても、卸屋さんだったり、タネ屋さんだったり、難しいんだよ。それだけでも間口はかなり広いのに、造園や緑化、切り花もあるわけだから。
- 山川
- 当時、読者と話すと、グリーン情報を読むと都市緑化とか園芸療法とかいろんなことが分かるから、1冊あると園芸業界はこういう業界なのかというのが分かっていいねというのはよく言われたかな。特に、エクステリアの人たちは、植物や園芸のことが分からなかったわけだけど、グリーン情報を見ていれば分かると。
- 一時期、グリーン情報から誌名を『Garden Center』と変えて、園芸小売店向けに特化しようとしたことがあったけど、やっぱり間口は広くしたいと考え直して名前を元に戻した。最近は、エクステリアや花と緑のまちづくりの連載もしていて、前よりももっと間口は広がっていると思う。グリーンインダストリーに関わる、幅広い人たちに読んでほしいと思って。
他業種が関わるきっかけを
──間口を広げると、確かに面白い記事も増えます。ただ、雑誌の焦点がぼやけるのでは?
- 神谷
- それは最初から想定内だった。だけど、幅広い記事を取り上げていくことで、園芸業界と、例えば造園業界や植木業界が有機的に絡めばいいんじゃないかと。そうすれば、園芸業界が次のステップに進むことができる。園芸店やガーデンセンターがこれから先、どうやって生きていくかを探してほしいと思って、間口を広げたところはあるよね。園芸店だけでなく、生産者や市場もそうだけど。
- 山川
- そうだね。いろいろなつながり方ができると思う。
- 神谷
- 私が偉そうなことを言うまでもないけど、園芸は昔のままだったら、静かに右肩下がりですよ。何かイノベーションを起こして、園芸というものを再生させない限り、産業としてはなかなか難しい状況にある。今までやったことがないようなことを、やっぱりコラボレーションして前に進んでいかないと、未来はないと思いますよ。
- その「ぼやけている」と言われることを、ひとつずつ明確にしながらどうコラボさせていくかが、生き残るか、生き残れないかを分けると思う。園芸店の小売部門を縮小して造園に行くとか、生産をやって小売りと生産のコラボでいこうとかね。
- 山川
- 花と緑のまちづくりに積極的に関わっていくという方法もあると思う。
- 神谷
- 個々のお店を見れば、そういう感覚を持っている方もいると思うけど、「いや、俺は切り花と園芸でいくんだ」とか、そんな当たり前の発想ではもう無理だと思うんですよ。これまでとは全然違う発想をこの業界に注ぎ込まないと。
- だって、マーケットはどんどん小さくなっている。コロナの3年間はちょっとよくなったけど、それだけで喜んでいてもダメだよね。家にいる時間が長くなって園芸はもてはやされたけど、「それってどういうことかな?」と考えないと。「じゃあ、園芸店で家具も売って、そういうニーズにこたえよう」とか。
- 私がこの業界に首を突っ込んでもう40年になるんだけど、時代がまったく変わってきていると思いますよ。
園芸業界を変えなければ
- 山川
- 時代が変わったということでいえば、私は特に園芸業界に、ネットで情報をやりとりする仕組みを取り込んでほしい。店売りだけを考えていたら、間違いなく園芸小売は縮小していく。趣味の世界の人たちは店売りで残っていくかもしれないけど、そうじゃなくて、広く若い人たちに園芸をやってもらおうと思えば、その方向だろうと。今でも通信販売は間違いなく伸びているわけで、ネットにどう対応していくか。というよりも、そちらをもっと開拓していくべきというか。
- 神谷
- 山川さんの言葉に付け加えるとしたら、捉え方によっては逆の意見になってしまうかもしれないけど、ガーデニングブームでガーデンセンターにやってきた消費者は、今はもう離れてしまったでしょう。園芸を支えてくれているのは、昔からの余裕があって、植物にお金を出してくれる人たち。年齢層はあまり変わっていなくて、ご婦人が中心になっている。ハーブとかは若い人たちに向けた違う流れがあるけど、やっぱり園芸は余裕のある人に商品を供給する仕事なんだよね。
- だから、その商品にいかに付加価値をつけて売るかだと思う。「安いものを大量に」では、もう小売店も生産者もやっていけない。はっきり言ってしまえば、その付加価値を「高い」と感じる人に向けて商売をしても、継続の論理はないと思いますよ。
- インターネットの活用に関しては、山川さんが言うように園芸業界はあまり進んでいない。もちろん、使っている人はたくさんいるけど、業界全体としてはデジタルの実効性をいかすことがすごく遅れているのが現状でしょう。私は、25年前にグリーン情報を退社して、その後はデジタルで仕事をしてきた。紙の新聞や雑誌も好きだけど、今はほとんどデジタルの仕事かな。
- でも、グリーン情報が500号にもなったというのは、紙の雑誌にこだわったおかげでもあるんじゃないの?
- 山川
- 確かに紙の雑誌にこだわっているけど、紙媒体だけあればいいというわけじゃないよ。10年ぐらい前からグリーン情報の電子版もつくってきた。でも、基本はやっぱり紙の雑誌かな。
- 神谷
- 生産者や小売店は、モノをつくり、モノを仕入れて売る立場じゃないですか。造園も同じだけど、やっぱりデジタルには限界がある。その限界を見極めることと、デジタルに対する投資のバランス感覚がきちっとできないのであれば、もっと言えば、分からないのであれば、やめたほうがいいとは思う。手を出さないほうがいい。そういう会社から営業も来ると思うけど、まずは自分でやってみないと。それで、どういうものか分かってから、誰かに任せるならいいんだけど・・・。
記事を通して伝えたいこと
──山川編集長が、グリーン情報で目指したかったことは?
- 山川
- 私が雑誌づくりの中でこだわってきたのは、消費者と接している人が元気になるのが、業界を活性化するということ。だから、まず読者が必要だと思う情報を提供することが基本。その上で、小売店も庭の設計施工でも、消費者と接している人が元気になってほしい。そのためには、そういう人たちにもっと勉強してほしい。売上げを上げるというよりも、植物に関しても、庭づくりに関しても基本的な知識を持って、それを消費者に提供できれば、園芸も庭づくりもまだまだ未来があると思っている。
- 神谷
- 私は、山川さんのその考え方とはちょっと違うんだよね。植物の基本的な知識について言えば、イギリスのガーデンセンターだと、スタッフが学名までちゃんと言える。そういう伝統の蓄積があるからね。でも、日本にそういう伝統はない。しかも、日本とイギリスでは気候が全然違うでしょう?こんな蒸し暑い国では、イギリスのように植物は育たない。そこも含めた植物の基本知識を園芸店のスタッフがお客さんに説明するなんて無理がある。
- だったら、インターネットで調べて説明すればいい。そもそも、ある分野のある植物については、小売店よりエンドユーザーのほうが詳しいんだから。そういう基本知識を学ぶことに時間を使うよりは、ほかにやることがあるんじゃないかな。それは、エンドユーザーとの関係をつくる言葉のキャッチボール。こうすればいいと今は言えないけど、もっと何か新しい関係を構築するような方法があると私は思うな。
──神谷さんがこれからのグリーン情報に期待することは?
- 神谷
- 難しいなあ、私は辞めた人間だから(笑)。私がグリーン情報に関わった頃からすると、間口の広さや専門性が求められることはあまり変わっていないけど、産業としては大きくなった。でも、購読してくれている小売店や生産者は少なくなった。そういう中でグリーン情報という雑誌に何ができるかという話でいえば、選択肢は2つあると思う。
- 目の前のすぐに役立ち、面白がって飛びついてもらえるような記事を載せていくか、もしくは限られた読者にきちっとした園芸のあり方とか、もっと専門性の高い記事を伝えていくか。どちらかに選択肢を絞らないと、グリーン情報という雑誌もそうだけど、何か分からないままにこの業界もなくなってしまうんじゃないかなという懸念はある。
- どちらを選ぶかは山川さんが決めることだけど、私はどちらかというと、専門性の高い記事を求める人のニーズにこたえていくほうがいいかなと。専門性の高い記事を、小さくてもいいから3つぐらいつくって、読者に園芸業界の将来を考えてもらえるような記事をつくっていってほしい。いろんな業種の話題で台所が広がってしまったなら、どこかでその台所を小さくして、専門性を高めたほうがいいんじゃないかな。
- 山川
- 私は、何度も言ったけど、やはり幅広くいきたい。広く浅くとは言いたくないけど、グリーン情報を1年間読めば、グリーンインダストリーに関わる小売りも緑化も公共も、いろいろなことが分かる雑誌にしたいと思う。
- 神谷
- まあ、雑誌だからね。雑誌の「雑」は、何でもありということだから(笑)
顔の見える関係をつくりたい
──紙媒体の業界誌が500号を迎えるなんて最近はなかなかないことです。お二人は、500号まで続くと考えていましたか?
- 山川
- いや、創刊の頃はまったく考えていなかった(笑)。
- 神谷
- 私が辞めたのは1998年だったかな。25年ぐらい前。その後のことは知らないけど、私がやっていた頃は、その基盤をつくるためにただ一生懸命やっていた。明日のメシを食うために、求められる新聞、雑誌をつくろうと、その日を一生懸命やっていただけ(笑)。そこでいろいろな人に応援してもらって、グリーン情報を辞めた後も応援してくれる人がいるのはありがたかったね。
- でも、私が今でも悩みを持ち続けているように、園芸業界も悩んでいると思う。どの業界もそうだろうけど、どっちに向かって行ったらいいのか?と。一つの産業は、成長期と安定期、衰退期があるわけだから、どこかでイノベーションがなければ消滅するか、形が変わらざるを得ない。小売店も市場も生産者も皆同じ。同じことやっていては無理だと思う。でもみんな変われないんだよね。
- 山川
- グリーン情報には今まで、間違った記事もあったかもしれないけど、半歩先、一歩先の未来志向で編集してきたつもり。これからも未来を考えた雑誌を目指していきたい。その基盤をつくってくれた神谷さんには感謝しているし、神谷さんが辞めた後も雑誌が続けられたのはスタッフに恵まれたおかげだと思う。前編集長の伊藤さんも頑張ってくれたし、今、編集を担当している加藤さんも頑張ってくれている。
- 私がスタッフのみんなに望んできたことは、神谷さんや私がそうだったように、園芸業界の人たちと顔の見える関係をつくってほしいということ。全員に受ける記事なんてないから、誰か一人、あの人には絶対にこの記事が必要だと思えるような記事をつくってほしいと思っている。私もフェイスブックぐらいは見ているけど、やっぱり実際に会って話すと、相手の求めていることがよく分かるよね。そこでの会話を、私自身もそうだけど、スタッフには雑誌の誌面にいかしてほしい。
- これは、園芸店にも同じことが言えるかもしれない。この植物、この資材を置けば、あのお客さまは必ず買ってくれる。生産者もそうでしょう。あのお店は、きっと仕入れてくれると。SNSの時代ではあるけれど、顔の見える関係をどうつくっていくかが、今の園芸業界には求められていると思う。
- 野次馬根性でもいいから、足を使って、園芸業界で頑張っている誰かに会いにいって、その人の声をしっかりと聞く。そういう基本を、グリーン情報ではこれからも実践していきます。